広島の不動産屋さん 笑顔創造企業フリート| 長老 の社員日記| 歴史の散歩道―Part3

文字サイズ

  • 不動産情報文字の大きさ標準
  • 不動産情報文字の大きさ拡大

不動産住宅ローンの金融機関店頭金利情報

広島銀行|3年固定
0.95%
広島銀行|5年固定
1.15%
広島銀行|10年固定
1.35%
もみじ銀行|3年固定
1.10%
もみじ銀行|5年固定
1.10%
もみじ銀行|10年固定
1.20%
広島信金|3年固定
0.95%
広島信金|5年固定
1.15%
広島信金|10年固定
1.35%

社員日記

歴史の散歩道―Part3

歴史の散歩道―Part3

今回は、光が丘にある尾長天満宮を紹介します。
ここは、広島における代表的な天満宮の一つであり、現存する被爆建物の一つです。
鳥居と随神門をくぐると本殿、拝殿などの社殿があります。

沿革は、901年(延喜元年)菅原道真が大宰府に左遷される道中、尾長山(二葉山)麓に船を寄せ(当時この付近まで海だった)山を登り休憩をとり、山中の その地に村民が祠を立てたのが尾長天満宮の始まりとされています。一方で現神社裏手にある道真が座ったとされる腰掛石付近には、別の村民により祠が建てら れ後に太宰原天満宮と呼ばれた。この2つが広島城築城前からあった天満宮であり、1146年(久安2年)平清盛が安芸守に任ぜられると、厳島神社や音戸の 瀬戸などが整備された時に、尾長の祠もそのときに再建されたと伝えられています。
江戸時代に、広島藩浅野家初代藩主浅野長晟が京から連歌師の松尾忠正を招いた。その忠正の霊夢により、山中にあった祠を民家に近い現在地に移転、1640年(寛永17年)に社殿を建立されました。
1926年(大正15年)9月の集中豪雨で社殿が流出、1935年(昭和10年)饒津神社(現東区二葉の里2丁目)境内にあった招魂社を移設し本殿および拝殿となりました。
戦後、1947年(昭和22年)に社殿は修復されました。

本当に二葉山の山麓には由緒ある神社仏閣が多くあり、歴史の散歩道にふさわしいところです。
これから、歴史の散歩道も整備され、ますます良くなりますので、期待してください。

投稿日2013年04月20日

投稿者:長老

ページトップへ